「平和の礎(1)」
- 世界版「平和の礎」事務局

- 2025年6月28日
- 読了時間: 5分
更新日:2025年7月23日
戦争拒絶の思想具現化/軍民、敵味方区別なく刻銘
本記事は、石原昌家先生(沖縄国際大学名誉教授/NPO法人世界版「平和の礎」を提案する会・共同理事長)の著書「沈黙に向き合うー沖縄戦聞き取り47年」からの引用を元に、『沖縄戦体験を「常識を疑う」社会学的視点で解く』をテーマにお届けします。
- 以下、引用元「石原昌家著「沈黙に向き合うー沖縄戦聞き取り47年」P126~P127 第59回 平和の礎(1)」-
大田昌秀沖縄県知事の8年間の平和行政のなかで世界的に注目を集めたのが、敵・味方を問わず、戦争加害者・被害者の区別もなく全戦没者を刻銘した「平和の礎」だ。しかし、当初、批判・非難の矛先が刻銘検討委員会座長を務めた筆者にむけられた。
■批判・非難の根拠
批判・非難の根拠は単純明快だった。沖縄住民をスパイ視・虐殺したり、死に追い込んだ加害者の日本兵と被害者である沖縄住民の名前を同じ敷地内で刻銘し、追悼するとは何事だとうことと、戦死した帝国日本の皇軍兵士を追悼するのは「平和の礎」の靖国神社化につながる、というのが主たる主張だった。
それで私の研究室に数本、抗議の電話がかかってきた。とくに新聞論壇投稿の常連で詩人の肩書をもつ市民は、4時間ほど電話での抗議をずっと続けたので、受話器を当てた耳が痛くなった。(途中略…)
また、沖縄戦研究者でも同じような主旨で、講演や新聞の論壇をとおして熱のこもった石原批判を、直接間接に展開していた。他の委員や沖縄県庁職員にもそのような抗議の電話などがあったのかを確認しなかったが、私個人としては「平和の礎」への市民・県民の声として、当然「聴く耳」は持っていた。知事の意を受けた高山朝光知事公室長や平和推進課のもと、「委員会」の合議の中で旧軍人の官位はすべて取り外し、上級下級の区別なく、すべて一個人扱いにして、出身地別五十音順・アルファベット順に刻銘することになった。
その結果、旧軍人の刻銘版への破損警告は、除幕後にピタリと止んだ。それは市民・県民の声が、「平和の礎」に反映されたからであろう。
(途中略…)
■根源
まず、「平和の礎」は、沖縄県の「沖縄国際平和創造の杜」基本構想の中に位置づけられていること。その「構想」の目的の肝要部分は次のようになっている。「県民が沖縄戦と、それに続く戦後のアメリカ統治下で得た最大の教訓は、すべて生ある者が等しく尊厳を保証されなければならないという『命どぅ宝』(ぬちどぅたから)の思想と、人々や自然が相互に助け合わなければならないという『共生』の思想と考える。これらは沖縄社会を特徴づける思想であると同時に国際性・普遍性を持った思想であるといえる。『命どぅ宝』と『共生』の思想を世界の人々に語りかけ、平和を希求する人々と広く交流を図る必要がある」としている。「平和の礎」の基本理念は、この構想の目的に沿ったものであり、それに基づき、「平和の礎」は創設されることになった。
二度と戦争を起こさないためには敵味方区別なく、戦場に累々と横たわる白骨をそのままにしておけば、そこでは再び戦争を起こそうとすることが物理的に不可能であろう。しかし、それは一部分では実現できても(中国に事例あり)、全面的にその前を維持することはできない。一つの戦争での死没者すべての名前を「一堂に会した」刻銘版に刻んでいけば、それぞれの名前をとおして具体的個人を想像し、白骨累々の戦場を擬人化できる。
つまり、戦争の惨禍を再現したかのようにみえる。そこには敵味方の遺骨を区別するという考えは存在していない。「平和の礎」に敵・味方、戦争加害者・被害者、戦争指導者や国籍も問わないでそれぞれの個人名を刻銘している発想には、「戦場とはこうだ!」「これが戦場だ!」、と奇跡の連続で地獄の戦闘場面から生き残った沖縄の人たちの凝縮された想いが根底にあろう。
「平和の礎」建設にかかわった人たちが、今でも異口同音に、「多くの住民を直接殺したのは米軍だが、その戦死した米兵の名前を刻銘することに異を唱えるのは一人もいなかったよね」と、こもごも述懐している。
実は、日本軍人と沖縄住民とを同一場所で刻銘することに絶対反対して、座長の私を直接間接非難していた人たちも、米英軍人の戦死者の刻銘には一言も異を唱えなかった。ということは、「平和の礎」はすべての戦争を拒絶する思想を具現化したものであり、その根幹には彼らも共鳴していたのだろうと、連載中の今にして思う。
-引用ここまで-
今年は戦後80年の節目。戦争体験者は高齢となり、生のお声を聴く機会も大変貴重なものとなってきた。また、近年の国際情勢の緊迫した状況はいまだ出口がみえない不穏な雰囲気が拭えない。
今こそ平和・命の尊さを見つめ直す大切な機会として、過去の沖縄戦を振り返り、連日特集を組み報道くださっている沖縄のローカルTV・新聞各社。内地出身者の私はその平和への想いの強さを感じます。先祖を大切に想う沖縄社会の尊敬すべき一面であると感じます。
内地の大手メディアの報道特集や近年製作されている映画作品でも、沖縄目線に立った沖縄戦の実相を伝えてくださっているのを目にします。
著者の石原昌家先生、元県知事公室長の高山朝光さんの最新の記事が掲載されていました。1995年の除幕から30年が経った今も、平和の礎に込められた願い・想いは色褪せることはありません。現知事もその想いを繋いで世界に広げようと努力くださっています。
次回、平和の礎(2)に続きます。
以上、お読みいただきありがとうございました。 事務局K


コメント